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2017/5/11 10:09

2017.05.11エベレスト 株式会社トライアングル


松浦輝夫と植村直己が日本人初のエベレスト登頂に成功した日

8000メートルを越すと地上より約50度も気温が低いうえ、酸素は3分の1程度しかないまさに極限地帯である。天候次第では、時速320kmにもなる風が吹くこともある。高山病、凍傷や急変する天候と隣合わせのこのエリアは登山家のなかでは「デスゾーン」と呼ばれるほど死に近い場所だ。

1953年にニュージーランド出身の登山家であるエドモンド・ヒラリーによって初登頂がなされて以来、実に216人もの命が経たれ、その大半はそのまま放置されているという。標高8000メートル級の高山において遺体は腐敗することなくそのままミイラ化してしまうのだ。

それゆえに登山中に遭難し、遺体となっても登山者たちを回収することはほとんどない。標高8000メートル級になると登山ルートのあちらこちらで遺体が放置されているのを見なくてはいけないという。カラフルな登山着を着たままの遺体が大量にあるこの地を虹の谷とも呼ばれている。名前とのギャップが実に恐ろしい。しかしこれらの遺体は次なる登山家にとって重要な役目を果たしている。

■登山ルートの目印となる遺体
近年では年間600人余りが渋滞するほどの山だ。命がけで頂きを目指す登山家たちは何を見て、何を求めているのであろうか。その偉業の影にはこうして命を落とした多数の人たちがいることを考えるとはかなくもある。